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誰にとっても、日々の暮らしは かけがえのない時間。ひとつひとつを大切に物語をつむいでいきたい


by hituzi-to-yagi
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カテゴリ:ひと( 14 )

枠をでる

日曜美術館の「糸から生まれる無限の世界〜ヌイ・プロジェクトの挑戦」を見た。
(興味のあるかたへ 再放送は7月2日にあります)

何年前だったか、なんという名前の本だったか、もう忘れたけれど、針一本で生み出される刺繍の数々を紹介
した本があって、読んだ時に、すごい衝撃と歓喜と呼んでいいものが涌き出てきてずっと忘れられず、たまに思い出していたのだが、画面を見るとまさにそのとき紹介されていた施設だ。鹿児島のしょうぶ学園だ。

今回、映像で、実際に作っているかたたちを拝見してわかったが、そのひとりひとりが刺繍しているときの至福の表情が、またなんとも幸せな気持ちにさせてくれる。
ああ、そうか、ひとが好きなことに打ち込んでいるとき、一緒にいるひとはやっぱり幸せな気持ちになるし、「その幸せな時間そのもの」といってよい作品を受け取ったひとは、やっぱり幸せになるよね、それ以外にないよね、とただただ納得した。

社会には社会の枠組みがあって、自分が暮らしを送るときにも一定の枠組みを作りだしてそれに従って生活しているが、なんと言ったらよいか、この枠を意識せずに生きられた時間が形になると、例えばAさんならAさんの作品になるのだろうか?

Aさんは納期もなければ、決まった作業手順に従っている訳でもない。これだけの利益を得るためにはかけられるものはここまでという計算もない。至福しかない。ひたすらひらすらやって、毎日自分のなかを至福の想いで満たしていって、本当に満ち足りたら、そのときに終わる。完成がやってくる。そういう感じを受けた。
誰かに従って完成のときが来るわけではない。

ある人はタオルの糸を丹念にほどいて、それからのち、表現の材料として使っていたが、その様子がまた静かで、喜びに満ちてていいのだ。
いいな、いいな。すごくいい。
それをできる環境もそれに伴走するひとたちも、なんて素敵なんだろう。

一枚のシャツに、ある人が3年とか、4年とか、ひたすら刺繍をし続けて、シャツの形が元の形とは変わってしまい、縫い付けた糸の重みで裂けてしまった部分もあった。でも・・・強烈に魅かれてしまうなにかがそこにはあって、私は圧倒された。
圧倒されたのは、時間が形になって存在していることに対してなのだと思う。うーん。すごい、至福の時間の凝縮された存在が形になっているのだよ?
それとは別に、文句なく素敵なのだ。色と言い、存在と言い、なにか引力が働いているとしか言いようがない。
これってつまり、もう、「もの」じゃなくて、「いのち」をもってるってことなのかな・・・。
だって、輝いてみえる。

こんなことも思った。
自分は知らず知らずのうちに枠を作ってそのなかに安定しているつもりになっているけど、その枠を守るのに、実は毎日が闘いみたいなものだ。安定とは程遠い。それはなんなんだろう・・・(決めたことに忠実すぎると、反対のベクトルの気持ちのとき、葛藤は大きくなる。融通が利かない性格は厄介だ(^^;))
・・・最近はそんな風に感じることが多くなってきて、それを抑えつけるのに自分でも苦労している。
責任を果たす、自分に役割を課す、そういうことを大切にしてきたし、だからこそ、ひとのなかでいきてこれたとも思っている。

でも、私は私に気持ち良いことをしてあげているだろうか。
私が本当に好きなことをする時間をとってあげているだろうか。
それは他人に対してもそうだ。
一緒に暮らしている家族、遠くの家族、地域でよく関わるひとたち、
そのひとのよいところが自ずとでてきて お互いに満たされ、望む暮らしが送れたらいいな。
ささやかなことでよいから、ひとつひとつ意識して、自分のつくった枠からでる、そのことを感じてみよう。
自分の作った枠は自分で作り直せるし、きっともっとできることがあるんじゃないかな。
もう少しバランスをとってみよう。
そう思ったら楽しくなってきた。











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by hituzi-to-yagi | 2017-06-25 11:56 | ひと

節分に

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御無沙汰しております。
どうも、短い文章がかけない性分で、書くと長くなります。
そのため、パソコンに向かうのも避け気味。
しかし締めをしないことには、新しい年が始まらないので
振り返りだけはやっておこうと思います。

2016年もいろいろなことがありました。
昨年は「初めてのこと」を
いくつもスタートさせた一年でもありました。
一気に始めたので、バランスをとるのに精一杯になってしまい、
身内や仲間に助けてもらいつつ、
なんとかここまで漕ぎついたというとこです。
ドタバタな日々でした。

そのなかでも、
一冊の本を12ヶ月に渡って何度となく読んだことは、
今までの40年以上の読書体験のなかでも、初めてのことでした。
しかも黙読だけでなく、声に出して!!
そしてそれだけではなく、
最初の2ヶ月くらいは夢中で作者や当時の時代背景について調べまくりました。
面白かったので知りたいことがたくさん膨れ上がって、
突き動かされたのでしょうね。
どこまで熱中できるか、どうせなら挑戦してみたかったし。

一冊の本から派生して、
作者が影響を受けた作家の作品を読んだり、
同時代の作家を調べ、読み比べたり、
100年分の主な英文学作品の年表を作ってみたり(一旦中断しているが今後完成させたい)、
そんなことから人間の面白さや
自分というものが
更に興味深くなってきました。

勉強会を立ち上げ、
そこで同じ一冊をメンバーと読むことで、
他の人の思いに触れる機会を得たことも
とても刺激的でした。

学校内では
文庫をスタートさせました。
今も試行錯誤を繰り返しています。
子ども達の一年は大人の一年と成長の度合いが桁違いに違うし、
面白いです。
でも月に数回のなかの更にわずかなかかわりなので、もどかしさもあり、
迷いつつ、悩みつつ、子ども達と成長させてもらっています。

そのなかでも
少しずつではありますが、
自分がやりたいことが
姿を現しつつあります。
いつだってどこでだってそうなのですが
他人と関わることで、自分のなかのものが明確になっていく。
この感覚はとても素敵です。

昨年は現在所属している以外の読み聞かせのグループでも
活動を始めました。
現在のところもやっと慣れてきたところでしたが、
別のグループに所属するのは練習も勉強も増やさないといけないし
新しく人と知り合っていくため、
苦手なことだらけの私は
もちろんスムーズにはいきません。
でも、『違う』なかに飛び込むことは、
とても気持ちの良い経験だったりもします。

人の輪のなかにいるとき、
人と自分の違いを見つけたとき、
エッジが立つというか、
輪郭がはっきりと見える、
ハッキリと
痛い、
ということが、私には気持ちがよいことなのだと、気が付きました。
ただ、時間の遣り繰りが難しくなってきたので、今年はこちらのグループに
関しては、人の足りないときに
お手伝いに行く感じにできたらと思っています。

新しく、本の講座にも通い、1月で一年になりました。
本のなかでも、絵本を中心に進んでいく学びに対して、
毎回、発見や喜びはありますが、
自分のなかの目的である 
絵本を選ぶ目が育っているかどうかについては
まったく確信がありません。
絵本は絵と文のバランスも大切なので、一方がよくても他方が同じところまで
描けていないとどうなんだろう?という話になるし、
絵本を読めば読むほど、
文字だらけの本を読みたくなるのです。
うーーん、絵本はどうやら当初思っていたほど興味はないかも(笑)
自分の頭の中に描かれる映像や想いのほうが、私にはしっくりくるようです。

本を読む時間は前年度よりも作れるようになりました。
これは涙がでるほど嬉しい\(^^)/

他方、素話は好きですが、モチベーションを保つのが難しいです。
日々、練習を積み上げなくてはいけないのですが、
集中して毎日コツコツと続けるには私には少し動機が足りないです。
本来、人前に立つ理由(人前が苦手)がないので、子ども達のきらきらした表情を
見れるのはとても得難い経験でありがたいのですが、停滞気味です。

織物は、ヤノフ村の二重織のワークショップにやっと漕ぎつくことができました。
(一昨年は残念ながら逃したのです(^^;)
もともと絵を描くことが好きでしたが、一度離れてしまうと趣味にも描く機会もないまま
月日は経ち…。
羊毛フェルトに出会ってその自由度の高さに一刻夢中になり、そこから糸を紡いだり、
織ったりとどんどんいきたかったのですが、今一つ方向性を見いだせないまま、
描くことと織物が一緒になるにはどうしたらいいのか、
勘も働かないし、
時間もなく、
動けなくなっていました。

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そして、ヤノフ村の織物は
ハッキリと「好きだ」と思えるものです。
織られているものは農村の暮らしのなかにある生活そのものであり
自然の造形そのものです。
特に絵を描くように織ること、自然の造形が自分の手と織り機を通して形になっていくことに魅かれます。
こういうの、いいなー、織りたいなー♡

醤油づくりは一旦お休みし、
一人でやれることに挑戦しました。
座学で発酵、醸造について学びました。

このときに先生が仰った「自学自習」という言葉は
ぐるっと巡って一年経った今も
こころにクッキリと浮かびます。

自分の疑問やこだわりは、誰のものでもなく、わたしだけのもの。
ならば、自分で追いかけるしかないのです。

更にもうひとつ進んで、かねてから念願の糀作りのワークショップで学び、
お米を蒸して菌をつけるところから糀を作ることができるようになりました♪♪♪

(パウダースノータイプの糀)
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見えないものを見えるように、
自分のなかの確かな感覚が欲しかった。
作業だけでなく、
楽しみだけでもなく、
この樽のなかの世界を自分で理解したいという
私のなかでは切実な思いでした。

糀から甘酒を作る方法もだいたいはわかったのですが、まだ
「作る⇒食べる⇒また作る」のサイクルがうまくいってません。
今後の課題です。

私はものを理解するのにとても時間がかかります。
納得がいくところまでやらないと自分のなかに落ちた感覚がうまれません。

発酵の世界が私にとってもっと日常になり、
観察と知識が繋がっていくと、もう少し菌が見えるような気持ちになれるのかなーと思います✨✨

















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by hituzi-to-yagi | 2017-02-03 21:11 | ひと

馬と発酵の町の歌

春一番がきたと思ったら、雪が降りました⛄
ホンの1~2㎝でしたが、夜から朝にかけて真っ白な世界になって嬉しかったです♪

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、今日は歌の紹介です。

『きそうた』という歌があります。
木曽町の素敵な歌です。
アニメーションもとても美しくて、ゆったりした気持ちになります。

(↓きそうたをクリックするとYouTubeの歌につながります↓)

きそうた

町の人々の営みと菌との関わりがこんなに美しいアニメーションになったのを見ることができるなんて、素晴らしいです♡
ちょっと癖になるリズムですよね!?私だけかな?

木曽町というと、私はあの可愛らしいずんぐりむっくりの木曽馬が走る姿を思い出します。
う~💛お馬さんって目がなんとも可愛くてたまらないのです。
あとは木曽カブに、「すんき漬け」という、塩を使わない漬物🎶
もちろん、美味しい栗きんとんも忘れてはなりません(*^^*)
それ以外に「味噌玉」も作っている地域だということを今回、この歌(アニメーション)で初めて知りました。
素敵な昔ながらの街並みも残っていて、ゆっくりじっくりおつきあいしてみたい場所です。










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by hituzi-to-yagi | 2016-02-16 18:22 | ひと

昨年の9月の「水と風といきものと」の上映会の翌日、
逗子にある理科ハウスに行ってきました。
ここは富山の友人から絶対に行くべし、
と言われてずっと気になっていた場所です。

同じ神奈川県内でもなかなか行く機会を作れず
5年以上が過ぎてしまい、
さずがにじりじりしていました。
もうとにかく追いこんで「この日」と決めないことには
いつまでも行けなかったと思います。

この日は金木犀が香り始めた日。
海を見ながら海岸沿いをひたすらに車でドライブ。
(逗子は初めてだったため、途中道を間違えるアクシデントも💦)

そしていよいよ念願が叶って理科ハウスを満喫しました!

もう幸せ~♡♡♡としか言えないですね♪

初めての場所だし、
都道府県にあるような博物館と違って
一軒家くらいの広さの空間へお邪魔するわけですから、
私たちみたいな新顔は目立つしで、
とても緊張して行ったのですが、
もう途中からはそんなことに構っていられないくらい
目の前のことに夢中になり過ぎて、時間も忘れるくらいでした。
大人が帰りたくないくらいの場所って
どんな場所なんだという話ですが。

なんて言うんですかね~。
夢中になっちゃうんですよね。
どうしようもないです。
だって面白いんですから。

心底、LiKa●HOUSeのご近所に住む人たちが
羨ましくて仕方がないです!

私たちが伺ったときは
「にんげんだもの展」という企画展の最中で、
残り2日のところへ滑り込みセーフ!
この企画がまたよかったんですよぉ!

入館時にいくつか質問をされます。
その質問の意味も答えも2Fの企画展に参加するまではマル秘。
なんなんだろう~?と居合わせた人々同士、
顔を見合わせながら、取りあえず入場。
おもしろいですねー♬
それだけではなく。

さすが理科ハウス。
例えば、色とりどりの風船が置いてあって。
詰め物がされています。
一つ一つに粉物が入っていて、触って、中身はなんだろう?
と考えて当てます。
これ、大の大人がうんうん真剣に考えても、
当てるのは結構難しいんですよ。
普段、片栗粉や小麦粉、上新粉や砂糖にお塩等、
調味料は何気なく使っていますが、
じっくり触ったり観察することもないまま
口に入れていますからね。
考えれば考えるほど、風船のゴムを通して触るほど、
むむむっ…となります。

で、それがおもしろい!!

利き水もしましたが、
これは自分の五感を信じられなくなるくらい難しかったです。
ほとんど正解に辿り着けなかった…。
もう一回挑戦したいと言ったら
諦めが悪いと言われるかしら(- -;)

自分でも作ってみたいなと思ったのが、
幅広のゴムに宇宙の始まりやら地球の年表、
生きものの創生などが書いてあり、
引っ張ると、びよーんとなるのです。
こういうの大好き!
他にも階段を昇っていくと、
人間の祖先を遡って
いろんな猿人の人型と脳の模型が
手作りして置いてあって、
脳の重さとか大きさを持って確かめられるのです。
これには大興奮!!
なんて楽しいんでしょう💛

物事を理解するのに、
こうやって「体験に置き換える」、
ということがとても丁寧にされてあって
素晴らしい人たちが運営されているなぁと思いました。
このときに
前日行った「水と風といきものと」の中村桂子先生のお話が
館長さんとのおしゃべりで偶然でて、
これが二つ目の出会い、という訳です♪

熱を持っている人たちはとっても素敵です☆彡
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
理科ハウス HPhttp://licahouse.com/index.html
日記を見た感じでは1月早々から盛り上がっているみたいですよ♪
ちょっと覗いてみては?(^_-)-☆
























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by hituzi-to-yagi | 2016-01-15 21:03 | ひと

さてさて、新年を跨ぎまして前回の続きです。前回と言っても昨年の9月のことですが(^^;

いきなりですが「えほんやるすばんばんするかいしゃ」ってどう読んだらよいか、わかりますでしょうか?
多分、「絵本や 留守番 番する会社」という感じで漢字をあてると意味が通じるのかな?と思うのですが、本当のところは未確認でして、よくわかりません。(それとも絵本屋なのかな?)

それは9月のとある日、「水と風と生きものと」の映画を観終わって、お隣のカフェで開催中の生命誌研究館の展示を拝見していたときでした。映画館で知り合った女性(当然、初対面の人)と展示物について話していて、いきなり、「これから本屋のはしごをするんですけど、一緒にどうですか?」と誘われました。

「!!?☆♡」…飲み屋のはしごもしたことのない私に、いやいやそれ以前に、誘われることなんてほとんどない私に、大好きな本屋のはしごをピンポイントで誘ってくるなんて!どうしましょう♡♡♡(脳内では扇を持って狂喜乱舞する私が~)

ええ、ワタクシ、普段から本屋も図書館もはしごというか、掛け持ちですのよ。初対面だというのに、なんでわかるのかしら~もう!(*^^*)と思う反面、一瞬、理性で「シラナイヒトニツイテイッテハイケマセン」という言葉が頭をよぎりました。が、私はもう立派な大人!(多分)
次の瞬間には、「行きます行きます💛」「どこにあるんですか♡」と答えていました。(一応、どこにあるか、どういう人なのかもっと聞いてから判断しようと考える冷静さはありました)

よくよくお話を聞くと、その女性は横浜方面で読み聞かせをされていて、読み聞かせ仲間がおられてとっても楽しく活動されているのですがお忙しく、たまに都内にでたときには本屋のはしごをするのだそうです。特に科学の絵本が好き、というお話でした。(おお!一緒だぁ♡と心の声)

そういう訳で、初めて高円寺にある「えほんやるすばんばんするかいしゃ」に行ってきました~♪♪♪
\(^^)/\(^^)/

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(↑えほんや るすばん ばんする かいしゃの名刺の表と裏)




行ってみると……つまり『たくさんの絵本の留守番を人が務めているということですね☝』と言いたくなるくらい本が壁をずらっと天井まで埋め尽くすくらいに並んでいて、本でぎゅうぎゅうの空間で凄かったです♪床板が抜けそうな…
もう、私はすっかり夢中になってしまいまして、連れてきてくださった女性のことも、このあと待ち合わせしている家族のことも忘れて、棚の前から動けなくなり…。結果、はしごはできなくなりました~(^^ゞてへっ

このときお持ち帰りした本はこちらです☆




 『チムひとりぼっち』
 アーディ・ゾーニ 作/絵
       神宮輝夫 訳 
 1968年12月 偕成社

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『おばかさんのペチューニア』
 ロジャー・デュボアザン 作/絵 
        松岡享子 訳
   1978年12月 佑学社

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『島のたんじょう』
 ミリセント・M・セルサム 文
 ウィニフレッド・ルーベル 絵 
         岩井好宏 訳
 1969年    福音館書店 

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ちなみに私が行ったときはロシアや東欧の美しい本の原書が目をひきました。
店主さんが言われるには、高円寺界隈もここ十年くらいで随分変わったそうですね。私はもっと前の時代に中野や世田谷あたりに居住していた時期があって高円寺も少しは知っていたはずなのですが、昔のこと過ぎて記憶もあやふやです💦
店主さんは訥々と本のことや本屋のことを語ってくださり、私もとても愉しい時間を過ごさせていただきました。
本屋でも図書館でも、並んでいる本の面構えを見て、そこに関わっている担当者さんや司書の方々、更にはお客さんたちを想像するのが楽しみなんですね。どの棚も隅々まで見てしまいます。

えほんやるすばんばんするかいしゃさんは1Fがギャラリーになっていて、そちらにも本が置いてあります。メインは細い階段を昇った2Fにあります。階段の突き当りも本棚で、まるで穴蔵みたいな雰囲気が素敵でした♬
















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by hituzi-to-yagi | 2016-01-15 20:15 | ひと

水と風と生きものと

9月のことだが、中村桂子先生の「水と風と生きものと」という映画を観にポレポレ東中野へ行った。
映画のことは他のかたが感想その他を書いておられるので譲るとして、ポレポレで上映した際は期間限定でなんと!普段、生命誌研究館にある展示物が隣のカフェで行われ、存分に楽しめた。

現在は関西方面で上映しているらしい。興味を持った方のために一応、情報を置いておく。
「水と風と生きものと」http://tsumugu.brh.co.jp/ 
Facebookの方が最新情報を得やすいかもしれない。
明日までの上映のところもあるらしい。https://www.facebook.com/tsumugu.biohistory 参考までに。

さて、中村桂子先生と言えば=「生命誌研究館」と言ってよいくらい、私のなかでは切り離せないイメージがあるのだが、どうだろう?

そもそも私が初めて中村先生を知ったのはヒッポファミリークラブの「DNAの冒険」という冊子による。もう20年前くらいのことだ。
ご存じない方も多いかもしれないが、「DNAの冒険」という書籍はとっても面白い試みからできていて、生命そのものをと言ってもよいかもしれないが、DNAを言語を学ぶのと同じように学ぼうとした試みでもある。また他方、赤ん坊が生まれて言語を習得していく過程をDNAの働きと重ねて考えてみたりもしている。他にもいろいろな見方を試みた過程がこの一冊に詰まっているのだが、それを書いたメンバーが、ヒッポのなかのあるメンバーたちなのである。
そもそもヒッポファミリークラブは多言語を学ぶための集まりらしいのだが、そのなかでも更にーことばと人間を自然科学するー集まりとして「トランスナショナル・カレッジ・オブ・レックス」(通称トラカレ)というのが存在していたらしい。このトラカレのメンバーがそのあるメンバー、即ち「DNAの冒険」の共同著者となっているわけだ。
トラカレにはヒッポで多言語を学んでいる人なら誰でも入れるわけではなく、物理学者のハイゼンベルクの「部分と全体」という本を何回も読むことが入るための課題だったらしい…(と「量子力学の冒険」を読むと書いてある)
「らしい」ばかりが続くが、それというのは、外部から窺い知れることは限られており、当時私はこのーことばと人間を自然科学するーという文言に魅かれて、多言語って言語だけをやるんじゃないんだ、遺伝子もやるってどういうこと!?おもしろそーー♡とヒッポの見学に何回も足を運んでは会を楽しみ、その度に気になる書籍を手に入れた。が、地方在住だったため、この会の実態を本当には知ることが叶わず、入ることはしなかったからだ。だから、これらはあくまで部外者の私がそう思ったという話に過ぎないことを断っておく。

そういう訳でとにかく書籍が抜群に面白く、以来いつの間にか20年も経ったが、本を徒然に読み返し、後ろのページに協力者として名前が書かれている先生方のなかで興味があるかたの書籍を探して追っかけてきた。(中村桂子先生の名前はここの協力者としてでてくる。他にも坂田明氏、赤瀬川原平氏、南部陽一郎氏など今にして思えばええっ!!て人の名前が並んでいるが、どこまでも謎…^^;)

生命誌研究館についてはHPを拝見していただくとわかるが(生命誌研究館 http://www.brh.co.jp/)、『DNA(ゲノム)は壮大な歴史アーカイブである』として、ゲノムを読み解くことから生命・人間・自然を知り、それらを大切にする社会をつくっていくことにつなげたいということを第一に唱っている。
一言で言うとそういうことなのだろうが…そこで早速「?」はてなってなる人もいるかもしれない。

その「?」はてなってところからが、ホントはとっても面白いところなので、是非ここからの窓をご自身で開けてもらえたらと思うが、私は一介の単なるファンに過ぎないので、これ以上宣伝みたいなことをするのもちょっと違うかなと思う次第。
愉しみは密かにおこなうからよかったりもするしね。
(私自身はいのちが一番おもしろいと思って、ずっと博物館や天文台に関わったり、興味のまま本を読み散らかしてきたので、その一つとして生命誌研究館のおもしろさをここに書いてみたに過ぎない)

しかしまあなんだかわからないけど自分のなかの「わくわく」が動くなぁと思った方がもしいらしたら、気になるところから追っかけてみてはいかがでしょうか☆彡(^^)♪

生命誌研究館では、研究者も生活者という視点を失わずにいようという意識があると感じる。そこがとてもよく伝わってくるのが、HPのなかにある桂子先生の「ちょっと一言」のコーナーだったり、様々な分野の方との対談だったりする。HPの読者である私やあなた、誰でも、メールで対話ができるのもとてもユニーク。そしてそれがオープンになっている。
また、研究館から発行されているDMがとてもよく考えられていて、毎回作るのが勿体なくなるような工作もついてくるので、一人で或いは家族で楽しむのもよし、膨大なアーカイブの中から生命に関する情報を探し出して深めるもよし、いろんな関わり方ができる。
それは科学音痴な私からすると、とってもオイシイ場所でなのある。
私はいつまでたっても数式は苦手だが、でもわからないなりに問いを繰り返して考えていくことは一つでもやったほうがいいと思っている。また倫理的な面からも多くの人が科学に関心を払うことが大切と考えているので、ここは楽しく、諦めないでいられるための窓口みたいなものでもある。

館自体は外から見るとどうということはないのだが、のぞいて見ると驚くほど派手というか、万華鏡のような中身にわくわくすること間違いなし。(あくまで主観です)

さて、実はこの日、この映画から繋がる二つの出会いがあって、それもとても素敵な出来事だったので年を改める前に引き続き書きたいと思う。書ければだが💦
今日のところはここで締めることとする。

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(5月のある日の空。私が撮るとどうも傾くなぁ^^;)


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by hituzi-to-yagi | 2015-12-17 19:00 | ひと
最近、「子ども文庫の会」発行の『子どもと本』という冊子をまとめて読んでいます。
これは本好きにはとても楽しい、そして頼もしい冊子の一つです。
気になる特集の号をごっそり借りるついでに、最近の号も1冊2冊混ぜて借りるのが私のお気に入りの借り方です♪

ところが或る号から、日系人が強制収容所に送られることになった経緯、時代背景、そして実際の当事者たちの状況が事細かにわかる記事の連載があり、食い入るように読みました。

つい先日、それと同じ文章がWebでも読めることを知りました。

ディスカバリー・ニッケイ*というサイトのなかにあります。
http://www.discovernikkei.org/ja/journal/2015/2/2/obaasan-no-tegami-1/

(ニッケイの右上には*マークがあり、日本人移民とその子孫と説明が添えてあります)

子どもと本にも掲載されている記事は「おばあさんの手紙~日系人強制収容所での子どもと本」です。
是非、プロローグから読んでみてください。
そしてどうぞ、自分の身近なことに引き寄せて考えてみてくださるとよいなと思います。
(他の記事も併せてどうぞ)



私はこう思います。

人間に対する理解を助けてくれるのは、まずは、今まで生きてきて得た経験でしょう。
実際の生身の人間同士のおつきあいに裏打ちされた経験。そして経験からくる想像力だと思います。
自国のなかにも他国のなかにも、相手を理解したい、手助けしたいと願って行動する人もいれば、
自国のなかにも他国のなかにも、自分だけが正しい、とばかりに頑として考えを譲らない人もいるのです。
家族や地域のなかでもよくあることです。

「どこかに」「敵」がいるのではないのです。
形のない「不安を煽る者」がいて、「煽られる者」がいる。
不安を煽る者は、いかなるときも責任をとらずに済むものたちです。

だから、力を得た立場の人が言うことには、慎重に耳を傾けます。
なぜそう言うのか、もとを辿って確かめないことには真意はわからないと感じます。
もっと過去の歴史を知りたいと思います。









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by hituzi-to-yagi | 2015-07-09 15:14 | ひと

今の若者 むかしの若者

高校時代の先輩がNHKのEテレ・ハートネッット「福祉マガジン」という番組にでます。
番組内容はNHKのHPによると、

人材不足が深刻な介護現場で働く若者にスポットをあて、介護のシゴトの新たな可能性について考えます。富山県で開かれた「介護の日」のイベントに参加した「福マガ」レギュラー陣。
介護職をめざす若き学生たちと熱いトークを展開。そこから見えてきた介護のシゴトの魅力とは?
さらに、「富山方式」として全国から注目されるユニークな取り組みを取材。日常生活を支える介護から、お年寄りのみとりまで、大きく変わりつつある介護の現場をリポートしますとのこと。
11月28日(水)20:00~20:29に放送されます。*すみません!曜日を間違えてましたので書き直しました。(木)ではなく正しくは(水)です。ほとんど誰も見ていないブログではありますが、訂正します。
先輩はデイケアホームを運営しているので、おそらくこの富山方式云々・・・のあたりででてくるかと思われます。ピン、ときたかたは、110番ではなく、どうぞチャンネルをあわせてくださいませ♪

b0253575_1394121.jpgえーっと、ちょっと先輩の話をすると、私が高校一年の時、由佳子先輩は高校三年で部長だったから、接した期間は半年とか短かったのですが、当時から底抜けに明るく、責任感が強く、世話好きなかたでした。
先輩にとってあの頃の時間が実際にはどういうものだったかはわかりませんが、母子家庭で境遇が似ていたことや、その後の人生が波乱万丈でもいつも前向きとか、そういうひとは往々にして「鬱」とある日人生でバッタリ出逢うわけですが、先輩もそうでして、あれこれ私自身と重なったり共感することが多々あって、ずーーーっと、幾つになっても気になる先輩です。(先輩自身のことはご自身で本にされています。『親子じゃないけど家族です ― 私が始めたデイケアハウス』『にぎやかな本 ― 禁断のデイケアハウス』など)

爆走とか、猛進とかがピッタリ当てはまる人、とあちこちで書かれているみたいですが、でも乙女なとこがあったりとか、まあ、昔のわかものは 今も若いまんまなのかな、とも思います(私も含めて^^;)

「介護」とか「介護職」という言葉で世界を切り分けて考えると 遠いところにあるように思いますが、誰しも年をとって、いつか死にます。生まれたら、その先の先にあるのは死で、誰もそこから逃れることはできませんね。年老いて死までの時間をどういう人とどんな風に過ごすのかが介護で、家族をもっている以上、順番にやってきて、いつか自分も迎える大切な時間なんですよね。

どんなときでも、笑いと繋がりが 人や今日という日を支え、死を悼み、おくる。
日常のなかにそれはあります。
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by hituzi-to-yagi | 2012-11-19 13:29 | ひと

ゆかりさん

その人のことを 私は「ゆかりさん」と 呼んでいる。

ゆかりさんは、私が 尊敬する作家さんで、
ひと言で 言うなら
みんなの『応援団』みたいな人。

不思議に あたたかな景色を 思い起こさせることばを 紡ぎ出す。

そのことばに 出会うと、
ちょっと しょっぱくて ぬるい、涙の滴 みたいななかで
ゆら~りゆらり 漂う みたいで
なんか、すごく、いいのだ。

あるときは
朝日のような 眩さを 内側の熱とともに 感じることもある。

ゆかりさんは 星図を 道しるべに
過去と 未来を 繋ぐことばを 紡ぐ。
また・・・
時には、夜空に見える 星の話をすることもある。

あるいは。
そういうのと 関係ないところでも ことばを紡ぐ。
ひたすら 紡ぐ。蚕みたいにことばを紡ぐ。

その声に 耳を 澄ますと、
「今 というときを どう捉えて 過ごすかで 未来は つくられるんだよ」
という声が 繰り返し 織り込まれて いるかのようだ。


私には 夢が ある。

たくさんある 夢の なかでも
ひときわ 強く 願っていることが あるが、
努力 だけでは かなわないことも あるの かも、
と思う(える)ように なったときに その声は どう言ったらいいだろう
時には 迷いの もとに なったり、
今の 現実を 受け入れる あきらめにも なったり、
逆に あきらめない、という 思いを 支えたり した。

今も あっちへ こっちへ と 思いは 振れながら いる。

触れ幅が 大きくても、しなやかで あれば 折れずにいられる。
それとも 折れて みようか。
それもこれも私だ。
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by hituzi-to-yagi | 2012-10-06 12:38 | ひと

あんぺあ その後

先日、エネルギーと環境の選択肢に関する意見聴取会(http://kokumingiron.jp/)
を聴いていたら参加者のかたが息子さん御夫婦の例をだされ、「関東在住で夫婦と子供
2人が15Aで暮らしているが、問題ないと言っている。我が家は老夫婦2人で30Aだが、
そういうことから変えていかないとと思っている云々・・・」という主旨のことを話されていた。

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by hituzi-to-yagi | 2012-07-31 08:08 | ひと