みどりのおうちのじかん tenobe.exblog.jp

誰にとっても、日々の暮らしは かけがえのない時間。ひとつひとつを大切に物語をつむいでいきたい


by hituzi-to-yagi
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道の先にあるもの

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道を歩いていると、この先になにがあるのだろう?とわくわく・どきどきします。そしてこれはこころの話にも重なりますが『どこへ向かおうか?』と思いあぐねる意識もあります。ままならないまでも一歩一歩に意思を持ちたいと思うのです。

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あれから時々、歩いてます。

先月は初めて、<渋沢あるきたい>のメンバーの皆さんと歩かせていただき、鳥や、虫を観察しました♪

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森の中を歩くとき、全身が耳になったような気がします。ちいさな鳥の鳴き声や、地面を歩く音がないか、神経を研ぎ澄まして歩くからでしょうか。鳥自体に詳しい訳ではないので、尚のこと、音を聞き漏らさないようにと、集中します。
それはまるで狩りにでるときみたいで、と言っても狩りの経験がないのでわからないけれど、絶対に見逃さないぞ~、見つけてやるから待ってろ~とでもいう感じで、自分の内側がわくわくする瞬間でもあります。

でも、星を見るのと同じで、捕まえたいとか、自分のものにしたいとか、そういう感覚はないのです。

  うれしい
  ここにいるのを知ることができてうれしい
  会えてうれしい
  わたしもここにいるよ
  今、このとき、ここに わたしたちは共にいるね、と・・・

ただ、それだけなのです。
それだけで満たされるのです。

この日はいろいろな鳥を見ることができ(ノスリ、ルリビタキ、アオゲラ、ウソ、ヒメアマツバメ、マヒワ、シロハラ、アオジ等など20種類以上)虫も、写真にもありますがセモンジンガサハムシと言って、背中にX字の金色の模様があるとても美しい虫を見ることができました♪あまりにも不思議で美しくてなんだか鈴の音が聞こえてくるようでした。

その場所を訪れたときに、どんなことを思うか、それはひとそれぞれ。
みなさんも、確かめに行きませんか?
とり・しょくぶつ・むしの好きな仲間が皆さんをお待ちしています♪♪♪

 渋沢丘陵あるきたい・・・誰でも参加できます♪

3月17日・4月7日・5月12日
いずれも日曜・雨天中止・要弁当・あれば双眼鏡・ルーペ
集合場所は小田急線 渋沢駅改札口AM9:00集合です


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それまで・・・いつも山が見える環境に住んでいて、身近に自然があることに満足、安心していたのですが、『ただ見ているだけでは知っていることにはならないなぁー』と、思っていました。
加えて、渋沢丘陵を東京ドーム4個分の墓地にする計画がどうなったのか、気になっていました。人を介して話は聞こえてきますが、実際のところどうなのか、いまひとつ伝わってきません。

私が暮らしていく土地の問題でもあり、秦野市の自然を市民がどう考えているのかを知る機会でもあると思いました。それで、歩く会に参加してみたのでした。

しかし、会の人に何回か会って話を聞いてみると知らないことだらけで、驚きました。10年以上も前からこの話はあったのだそうです。これは土地の歴史(地域の産業)とも関わるのかな、と思うのですが、地元の墓石や造園業者が関わっていて、どこでも時代が変わると生活も変わっていきますが、それによってとりこぼされていく分野、個人があって、誰しも生活が関わっていますから簡単な話ではありません。悩ましいです。
しかし地区の市政懇談会で話題にしたとき(追記を参照)、知りたい人が公聴会なり業者のところに行ってくれればいいと言われた点は疑問です。それが正当な意見ならば、それ以前の問題として、知らないことに対してどうして関われるのか?情報が行き渡っていないのにフェアではありません。

2011年3月、大きな地震のあとで原発の事故が起きて、一年、二年と経験して思うようになったのですが・・・原発の建設・運営に関しては、立地自治体だけではなく、ひとたび事故が起これば被害を等しく受ける国民全体で考える必要があるのではないか。その権利が間違いなく、誰にもあると強く感じています。

同様に大規模な開発を行うときは、土地の個々の利権者だけでなく、土地を利用する様々なグループ、個人が意見を言う機会を与えて欲しいです。
もしくは、それ以前から、自分たちの住まう地域をどうしていきたいのか、もっと考えて行動することが必要ではないか・・・。それができていなかった故の問題があるのではないか、等・・・様々な思いがわきでてきます。

多くは「知らない」ために、失うのではないかと思います。
自分たちの故郷、故郷の景色、それがどうやって守られてきたのか、守るために自分たちが手を携えて何をする必要があるのか、知らないために、何もしないで、ただ、失うのではないでしょうか。誰かがなんとかしてくれると、様子を伺っているうちに、失う・・・。そういうこともあるのではないか。
町を支える基盤というのは、そこに住まう人の意識・連帯にある訳で、それを育てるには時間がかかりますよね。もっと年配者の経験を学びたいし、若い世代と繋ぎたいです。受け取りたいことがたくさんあります。もちろん、私自身も経験し続けたい。経験不足を痛感しています。

一方で市は自然を大切にすると市民憲章でもうたっているのに、駅から一番近くの丘陵地を大規模に削って、東京ドーム4個分の敷地をセメント尽くしにする業者にどうぞ、どうぞという態度です・・・だったら、自然を大切にするなんてうたわなきゃいいのに、文言を決めた経緯はどうだったのでしょうか?理解に苦しみます。

実は、自然を遺すこと、それが唯一の正解、とも思っていません。「答えありき」は違うのではないか?文章の先に道を例えでだしましたが、どこへ辿り付くかそれは最初からわかっているわけではない、でも一歩一歩に心を傾ける、そこを大切にしたい思いがあります。

あちらでも、こちらでも同じことが繰り返されているだけのように見えます。考えることを人に任せて、行動することを人に任せていたら、いつ考えるのだろう?いつ行動するのだろう?いや、私だって人のことを言えるわけではないけれど、自分には関係ないこと、とは思えなくてじたばたしているのです。
いろいろな立場の人がいるのだから、お互いにもっともっと人と出会って話し合っていって、一回ぐちゃぐちゃになったっていいから、混ざり合って新しい考え方へ一歩でも二歩でも近づいていくほうが、自分の町を作っていく実感があって楽しく生活できるんじゃないかなと思うのです。私にとっては実感がなにより大切なので。ハイ、この通り、とってもちっちゃい思いです(*^^*)個人ですからちっちゃいです~♪何ができるというものでもありません。でもなんにもできないってこともないかな?とも思っています。

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そこでもうひとつお知らせです。

◎◎シンポジウムをおこないます◎◎

    渋沢丘陵を考える
生き物たちが問う!!巨大霊園計画
みんなで考えよう、守りたい自然とは?

3月10日(日)

13:00開場 13:30開催 16:30終了予定

 会場 タウンニュースホール
(小田急線 東海大学前駅南口、歩いて一分)


パネリスト
・高桑正敏(昆虫学者、元神奈川県生命の星地球博物館学芸部長、著書『ベニボシカミキリの世界』ほか)
・舘野 鴻(生物画家、絵本作家、著書絵本『しでむし』・・・渋沢丘陵を舞台に生き物の生死を描いた絵本です)
・打田鍈一(西上州を主にハイグレード登山の実践の山屋、「山と渓谷」等で執筆、ご両親の散骨を経験されています)

こちらのお三方はそれぞれの分野で優れた経験をお持ちの方々です。地元の自然にも詳しくていらっしゃいます。そして自然を通して培ってきた死生観をお持ちです。この機会に、足元から繋がっていく小さな自然・大きな自然について、そしてその先にある死と生について考えてみませんか?個人的には濃い話がでてきそうで楽しみです♪♪♪地元の方々と一緒に立ち止まって考えるきっかけになったらよいなと思っています。
これはいくつかの自然観察のグループの人たちが力をあわせて、立ち上げたシンポジウムです。文字通り手弁当でここまで来ました。私はたまたま知り合って少し関わっただけですが、仕事以外で上の世代の人と行動するのは、なかなか面白いです。親の相手をするのと同じでうーーむ、となることもありますがそれもまた楽し(^~^)♪お世話になっています。

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こちらは神奈川県立生命の星地球博物館の展示。テラノドンがかっこいいんだぞぉーー♪
この時代の地球の熱・いきもののざわめきを感じてみたいものです~☆
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by hituzi-to-yagi | 2013-02-26 20:00 | ちいき

1月の読書(2013年)

☆読書

絵本の与え方(再読)
果てしない宇宙のなかで思うこと(再読)
ほんとうはひとつの話

☆読み聞かせ(見学)

天福地福
桃太郎
だいくとおにろく
なら梨とり
ルンペルシュティルツヘン
十二人兄弟
ラプンツェル
うみのみずはなぜからい
金いろとさかのおんどり
五分次郎
アラクネ
ぬか福と米福
マレーン姫
ごろはちだいみょうじん
海べのあさ
マイクマリガンとスチームショベル など

☆ひめりんごのきの会

サリーのこけももつみ
かにむかし
ジョニーのかたやきパン


Memo

「絵本の与え方」は、どこから読んでも興味深く読める。一度読んだだけでは
足らず、再度、細かく読み直しているところ。1978年に出版された。
古い本ではあるが、内容は古さを感じない。今の子育て世代が読んでも非常に
面白いと思うし、得るものも大きいだろう。
蛇足ではあるが、思うに、絵本に限らず、「出会い」というのは極々個人的な
ものだ。誰が見ても「素晴らしい本」は確かにあるが、絶対ではないと思う。
ひとりひとりが決して同じではないように、感受性はひとそれぞれ。その人に
ぴったりくる出会いがひとつでもあればよいと思う。権威に依るのではなく、
自分を島とするのが基本ではないだろうか。

「果てしない宇宙のなかで思うこと」は、宇宙飛行士、毛利衛さんの著書。
いろいろな角度から、何度読み直しても面白く、これも読み直した。この本を
もとに、いろんな人と議論してみたいと思ったほど。

素話に関して。
お話のなかに歌がでてくるものがあって、お話の美しさ・不思議さをより一層
盛り立てるのを感じた。
素話の調子というか、独特の節なのか、お話を聞くのはなかなか楽しいが、真似
るのは難しく、語るのはまだまだ先になりそうである。
それにしても、お話が楽しくて、楽しくてたまらない。
お話の世界というのは一体なんなのか。
子供の頃に聞いた話が、今聞くとまったく違う気付きを伴って聞こえてくるから
不思議だ。人生というのは無駄なことはなにひとつないのかもしれない、と意外
なところで思わされた。
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by hituzi-to-yagi | 2013-02-02 17:36 | 書庫