たいらかに

たいらかに
すこやかに
ねがうは
あいをしるひと

仙台という土地を訪れたことはあるだろうか?
私は実は、初めての一人旅の行き先が仙台だった。
そして、それは大学受験のときのことだった。

大学受験と言っても、両親の離婚により、母一人に養われていた私にとって
人並みに受験する環境が整っていたわけではない。
母の望みは 私が専門学校へ進んで、設計事務所などで働くための技術を学んでほしい
ということで、そのためにならお金を工面してくれると言う。
しかし、そこは思春期の嵐のなか。簡単に従えるものではなかった。
(親は親なりに私の適正を考えて言ってくれたのは分かっていた。私は絵が好きだったし、
なにより得意だった。そして早く社会にでて働いて欲しいことも分かっていた。
弟を育てるためにもそれが必要だったのだ)

このように経済的理由がハッキリしているのだから諦めるしかないのだが、そこをただ
諦めないのが、私。
他に道はないはずなのに、既成事実を作ってなんとか自分の望む道を進みたかった私は
さっさと教師に言って推薦をとって、書類をだして、時刻表を買って行き方を調べ、
ホテルもとって、ギリギリまでケンカをして・・・それでも意思を曲げず、仙台へ受験に向かった。

しかし内心は「本当に仙台へ行けるかしら」、「果たして試験に受かるかしら」と泣きそうに
なりながら切符を握り締めて、電車が停まるたびにドキドキしながら駅名を確認し、電車を
乗り継いで、なんとか仙台駅に降り立って、駅前でベンチに座って楽しそうにお喋りをして
いるおばあちゃんたちにバス停を尋ねたら・・・

そしたら、日本語がわからなくて・・・ビックリした。
日本狭しと言えども方言はいろいろあるもので、わかっちゃいたが・・・実際行ってみたら
本当にわからなくて困った。それが私にとっての仙台。

そういう、単純にひと言では言えない自分の人生と重なる場所が仙台だった。
結局、そのときは縁がなく、私はその後、まったく別の場所で人生を送る。

そして、本当にたまたま、結婚した相手が音楽を趣味とし、同じ演奏メンバーのなかに仙台
出身のかたがいらっしゃり、そして毎年定禅寺ジャズフェスティバルに応募している縁で、
仙台に行く機会を得た。

そのたまたまの縁がわかったとき私はとても嬉しかった。

10代の大冒険は、その後の大冒険のスタートだった。
もう一度その場所に戻ってこられるなんて、想像していなかったから、本当に嬉しかった。
それから何度も訪れ、そこで出会う「人」と過ごす「時間」に惹かれ、いつか住めたらいい
のにな、と思うほど好きになっていった。

そして・・・去年の震災があった。
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by hituzi-to-yagi | 2012-07-24 13:55 | ひと