THE WIND IN THE WILLOWS


『THE WIND IN THE WILLOWS』は
日本では「たのしい川べ」として1963年に岩波書店からでている。
今回、縁があって初めて読んでみた。
b0253575_10371039.jpg
本を開くと、自然の描写がとても美しく、すーっと物語に入ってしまって、途切れることなく
最後まで楽しめた。
楽しさにも幾重もの厚みがあり、そしてとても繊細な心地よさが隅々まで行き渡っていた。
音なのだろうか、綺麗な言葉のおかげで、音楽を聞いているようだった。
川のせせらぎか風のなかに佇んでいるうちに通り過ぎていったようでもある。

実際には日常の合間合間に読んだので読む作業は何度か中断したのだが、それでも気持ちが
途切れることはなかった。そのことがまたとても興味深かった。

私は作者のケネス・グレーアムをまったく知らない。
予備知識もなかったし、故に先入観もなく読んだ。
ただ、昔からどこの図書館に行っても置いてあって、背表紙、表紙は見知っていた。
そういう意味では私にとってはまったく知らない仲でもなかった。
しかし本を開いてみることはなかったので顔見知りとはいかない。
そういう本は当然たくさんある。そのうちの一つだった。

この本を読み終わったときの思いをどう言葉で表現したらよいか。
とても嬉しくて、私にとっての一番思い入れのある本のその隣りに並ぶ本になりそうだ
とそのときは思ったのだが、一週間以上経って気持ちが静まってみると、
まあそう慌てて決めることもないと思って、今の自分の様子を眺めているという状況。

この本を読み終わったときに、実はなぜか別の本のことが思い出されて仕方がなかった。
それはA・A・ミルンの「クマのプーさん」と「プー横丁にたった家」。
内容は「たのしい川べ」と似ても似つかないと私は思っていて、でもだからこそ思い出すのだろうか。
クマのプーさんも大人になってから読んだのだが、こちらも独特の読後感があって忘れられない一冊になった。

誰しも大人になってからも子どものときの気持ちとのあいだを行き来することがあると思う。
私自身は割とそういう機会があって、その時間を楽しんでいる。
それとは別に、誰しも子供時代の幸福で特別な時間があったと思う。
これはもしかしたら覚えていない人もいるのかもしれない。
あるいは今となっては思い出せないと言ったらよいか。
一瞬のような永遠のような時間というか、あるいは心持ちと言い換えてもいいかもしれない…。
その『子供時代の特別な時間』をミルンはプーのなかで描いていると感じた。

読んだかたはお分かりかと思うが、プーの最後の章が始まったときのあの書き出しに(!)こころのなかで、
「え、この時間を終わらせちゃうつもり?なんて作者はひどい人なの!!」と思った。
そう、もちろん、作者は大人なんだからそれが当たり前かもしれない。
いつかは終わりがくる。それが当然だ。
でもプーのために言っておくと、その時間は永遠にそこにある、ということを信じさせてくれる描き方を
ミルンはしていて、だからこそ、プーは、大人になった人からも信頼されうるのだろうと思う。

そのクマのプーさんに比べて、たのしい川べは最初から、たのしいだけではないもっと現実的な生き死にの
厳しさをそこここに織り交ぜているし、その厳しさのなかでいきる美しさがハッキリと描かれている。
が、それらはとてもさりげなく織り込まれていて、おはなしから突出していない。
気が付かないで済むくらい。
それをなんと言っていいか…うまい言い方が見つからないが…時間が経つほど静かに効いてくるおはなしで
この余韻がすごい。

そしてモグラさんも川ねずみさんもアナグマさんも、出てくる人物の誰もが
自分に引き寄せて感じることができるくらいよく書きこまれていて、書きこぼしがない、
そのことがとても嬉しかった。
通常の人間関係でも、人がたくさんいれば割りを喰う人もでてくるのが普通だが、ここではそれがない。
こんなに安心して読めることほど嬉しいことはないと、読んで初めて気がつけた。
ヒキガエルはちょっとあまりに子供らしさが描かれ過ぎていて私にはくどく、うう~ん…と思わなくもないが
一方で、ヒキガエルに成りきって悪徳の限りを尽くせる解放感があって、そこがたまらなかった。
ヒキガエル、嫌いじゃないゾ(*^^*)

他にも牧神パンの出てくる章やそれぞれの家がでてくる章がとても印象的で、映画を観終わったときのように
誰かと語り合いたくなる、そういう本だった。

読了後に、それぞれの本を子供時代に読んだという人から話を聞いた。
プーさんに子供時代に出会った人の一人は、大人になった今もなにか物事にぶつかったときに
「プーだったらどうするだろう?」と考えるのだそうだ。
そのかたにとって、プーはちゃんと居て、今もプーのいる世界と地続きなのだろう。
羨ましく思った。
子供時代にそういう味方を得ることができたら、その後の人生はどんなに心強いだろう。

また、たのしい川べを子供時代に読んだ一人は、たのしいおはなしとして今でも心に残っていて、
今でも時折読み返すのだと教えてくれた。
その人にとってもたのしい川べは今もちゃんとあって、いつでも戻ろうと思えば戻って行ける場所なのだろう。

本の読み方は様々で、本の数分、人の数分、幾通りもある。
ましてや本はどうしても必要なものでもないだろう。
私もそう思っている。
実際のたくさんの人との関わり、自然のなかでの経験など、私にとって『なくてはならないもの』は
本以外にもたくさんあった。
でも同時に本もあったからこそ、私は豊かでいられたし、独りのときも楽しくいられた。
こうして人の話を聞いてみても、人と本とは特別な関わり方ができるんだなと感じる。
それがおもしろい。
とてもおもしろい。




















[PR]
by hituzi-to-yagi | 2016-02-01 11:59 | 書庫